
「人生100年時代」と言われるなか、医療従事者の働き方も大きな変化を迎えている。中でも薬剤師は、病院・調剤薬局・ドラッグストア・企業など、キャリアの選択肢が幅広い一方で、自分に合った環境をどう見極めるか悩む人も少なくない。実際、薬剤師の転職市場は年々活発化しており、20代から早くもキャリアチェンジを経験する人が増えている。しかし「自分らしい働き方」を探すことは容易ではなく、迷いを抱えたまま転職を繰り返してしまうケースも見受けられる。そうした状況の中で参考になるのが、実際に転職を経験し、新たなキャリアを築いている先輩薬剤師たちのリアルな声だ。本稿では、薬剤師として転職を経験した薬剤師の隅谷慎司(36)さんに、転職を決意した背景や選んだ職場環境、そして今後のキャリア展望について伺った。
隅谷慎司(すみたにしんじ)
1989年群馬県生まれ。2008年に東京薬科大学に入学後、生化学・分子生物学教室に所属。伊藤 晃教授のもとで細胞外マトリックス(ECM)について学び、研究にも携わる。2014年、株式会社メディカルファーマシィーのミキ薬局若松町店に新卒入社し、薬剤師として調剤業務に従事する。2017年4月に同社を退職。同月、地元の群馬に戻り、ひよこ薬局に入社し現在に至る。【保有資格】薬剤師
現在の自身の取り組んでいる事について
ー 現在の隅谷さんの状況を教えてください。
隅谷:地方の調剤薬局に勤務し、地域の皆さまの健康を支える薬剤師として日々の業務に取り組んでいます。転職する前は都市部の薬局に勤務しており、様々な診療科からの処方を経験するなかで、幅広い知識と実務経験を得ることができました。都市部ではスピード感のある対応や多岐にわたる症例への柔軟な判断力が求められ、その経験は今の仕事にも活かされていますね。
ー 都市部から地方の薬局に転職されたのですね。
隅谷:はい、そうです。現在は地域に根ざした環境で、患者さま一人ひとりと丁寧に向き合うことを重視しています。調剤や服薬指導をする際には、ただ単に薬をお渡しするだけではなく、生活習慣や体調の変化にも耳を傾け、安全かつ適切に薬を使っていただけるようにしています。特に地方では都市部よりも高齢の患者さまが多いので、服薬管理や飲み忘れ防止、複数の医療機関からの処方をまとめて管理する役割が欠かせません。そのため、重複投薬や相互作用の確認を徹底し、安心して治療を続けていただけるように努めていますね。
ー 都市部と地域の医療は在宅含め求められる業務も異なってきそうですね。
隅谷:本当におっしゃる通りです。そこがまたやりがいに繋がってもいます。最近は在宅医療にも積極的に関わっています。病院に通院するのが難しい方のご自宅を訪問し、薬の管理方法を患者さま本人やご家族の方と一緒に考えるほか、医師・看護師・介護スタッフなどと連携し、チーム医療の一員として薬学的な視点からサポートを行っています。こうした取り組みを通じて、薬剤師の役割が薬の提供だけでなく、患者さまの生活全体を支える存在であることを実感しています。これからも都市部での経験と地方での実践を融合させ、学びを深めながら、地域の患者さまにとって「身近で相談しやすい薬剤師」であり続けたいと考えています。
薬剤師としての転職の経緯
ー 隅谷さんの転職についてお聞かせください。どういった経緯で?
隅谷:私は現在、出身地である群馬県の地元薬局に勤めていますが、大学を卒業後の新卒時代は都市部の調剤薬局で働いていました。先ほどの繰り返しになりますが、都市部の薬局での勤務は非常に刺激的で、様々な処方に触れながら知識とスキルを磨くことができました。来局される患者さまの数も多く、常にスピードと正確さが求められる環境は緊張感があり、自分を成長させてくれる貴重な場であったと思います。

※東京都病院薬剤師会より
しかし、そうした日々の中で次第に「一人の患者さまともっとじっくりと関わるには全然時間が足りない」と感じるようになりました。特に高齢の患者さまや複数の薬を併用している方に対しては、本来であれば生活習慣や服薬状況まで丁寧に伺いながらサポートする必要があります。それにもかかわらず、どんどん舞い込んでくる多くの患者さまの処方を捌かなければならず、限られた僅かな時間のなかでは最低限の投薬しかできないことがずっと気がかりでした。
このように都市部での業務に限界を感じていた時期に、地元に住んでいる両親が高齢になり、少しずつ日常生活のサポートが必要になってきました。長く都会で生活していた私は、年に数回しか帰省できず、両親の身近に寄り添えないことにもどかしさを感じていました。その結果、「地元で両親の近くに暮らしながら、地域の患者さまの役に立てる仕事をしたい」という思いが、次第に大きくなっていきました。
ー 量をこなす仕事から「人を診る」仕事に関心が移っていったのですね。
隅谷:そういう言い方も出来るかもしれませんね。最初は「都会でのキャリアを手放すのはもったいないのではないか」と迷いもありました。しかし、休日にふと帰省した際に、地元の薬局で働いている薬剤師の方が患者さまと親しげに会話している姿を目にしたことが転職を決意する切っ掛けになりました。患者さまと顔なじみの関係だからこそ、生活の中での小さな変化にも気づける。その姿に「自分がやりたいのは、まさにこういう薬剤師だ」と気づき、転職活動を始めました。
ー 転職を決意してからはまずどのような行動を取ったのですか?
まずは求人サイトを調べ、地元に根差している薬局数件に問い合わせをしました。そして、複数の薬局で面接を受けるなかで、今の勤務先に出会いました。面接時に「地域の患者さまに寄り添いながら、一人ひとりに丁寧な対応をしたい。」という思いを率直に伝えたところ、面接を担当してくださった社長から「そういう薬剤師を必要としている」と言っていただけたことが、最終的な決め手となりました。
ー 地元に根ざしている、という点が面白いですね。隅谷さんのような薬剤師を求めていたのでしょうね。
隅谷:そこは本当にうまくマッチして良かったなと思います。求人サイトだと求人母体を比較できるので、比較的容易に探せましたね。転職後は、高齢の患者さまへの服薬管理や飲み忘れ防止のサポート、在宅訪問など、都市部とは異なる業務に数多く携わるようになりました。都市部で培った知識やスピード感は活かしつつ、患者さまとじっくり向き合える環境で働けることに、大きなやりがいを感じています。また、両親の近くで暮らせるようになり、仕事と家庭の両面で充実感を得ることができました。
ー 年次を重ねてくると家庭やご自身のライフスタイルとも相談していく必要があると。
これは医療職全般に言えることかと思います。大小はあれどこでも一定の質の仕事ができますし。結果として、転職は単に職場を変えるだけでなく、自分自身の生き方を見直す大きな転機となりました。これからも地元で、地域の皆さまにとって「身近で相談しやすい薬剤師」であり続けられるよう努めていきたいと考えています。
転職を振り返ってみて
ー 自身の転職を振り返って、上手くいったと思う点はありますか?
隅谷:はい。今回の転職をあらためて振り返ると、うまくいった点としてまず挙げられるのは、自分の希望や優先順位をはっきりさせておいたことです。私は「患者さまとじっくり向き合える環境で働きたい」「両親が住んでいる地元で一緒に暮らしたい」という2つの軸を明確にしたことで、求人を探す際も迷わずに済みました。軸が定まっていると、面接でも自分の言葉で思いを伝えやすく、それが評価に繋がったのだと思います。
もう一つ良かったのは、転職活動を焦らず進めたことです。すぐに決めてしまうのではなく、複数の薬局で話を聞き、雰囲気や業務内容を比較できたのは大きなポイントでした。求人情報だけでは分からないことも多く、実際に職場を見てスタッフの方と会話することで、自分に合うかどうかを判断できました。
ー 「軸を決める事」と「焦らない事」、重要なポイントに思えますね。そこを押さえた上での立ち回りというか、コツのようなものはありますか?
隅谷:基本かもしれませんね。(笑)その基本を押さえた上でのコツとしては、「自分の強みをどう活かせるか」を意識することだと思います。私の場合、都市部で多くの処方を経験してきた点や、スピード感のある対応力をアピールしました。地方の薬局でも役立つスキルであることを伝えることで、相手にも「この人なら安心して任せられる」と思ってもらえたのではないかと感じています。
ー 今までの自身のキャリアに強みの種が埋まっているとも言えますね。逆にうまくいかなかったと思う点はありますか?
隅谷:そうですね、反省点を挙げるとすれば、経済面についてです。実際に転職してみると、都市部に比べて給与水準はやや下がりました。最初は収入面で不安を感じることもありましたが、その一方で生活コストは大きく減りました。家賃や交通費が抑えられるだけでなく、地元だからこそ食費や日常の支出もシンプルになり、結果的には大きな負担を感じることはありませんでした。また、患者さまと丁寧に関われるやりがいが日々のモチベーションになり、金銭的な面を補って余りある価値を感じています。
振り返れば、転職は不安もありましたが、結果的に自分に合った働き方と生活のバランスを実現できました。大切なのは「何を優先するか」を明確にし、その思いをしっかり持って行動することだと感じています。
転職では優先順位を明確にすることが成功の鍵
ー 最後に、薬剤師の転職の成功の鍵をを教えてもらえますか?
隅谷:転職を検討する際には、まず自分の中で優先順位を明確にすることが大切です。仕事内容や勤務地、待遇、ライフスタイルの何を一番重視しているのかをはっきりさせておくことで、求人選びや面接で迷うことが少なくなります。また、求人票だけでは分からない情報も多いため、職場を実際に見学したり、スタッフの方と会い、できれば直接話をして職場の雰囲気を確かめることをおすすめします。現場の空気感や人間関係は、長く働くうえで非常に大きな要素になります。
経済面についても、給与額だけで判断するのではなく、生活コストや福利厚生を含めて総合的に考えるのがおすすめです。私自身、都市部で働いていた時よりも収入は下がりましたが、生活費が抑えられ、地元で安心して働ける環境を得ることができました。結果として金銭的な不安よりもやりがいが上回り、毎日の充実感につながっています。
転職は理想と現実のバランスを取る過程です。情報収集や準備を丁寧に重ねれば、きっと納得のいく選択につながるはずです。焦らずに自分の思いを整理することから始めてみてください。